――僕は走る、暗闇の果てへ。
――――僕は走る、夜を貫く風となって。
――――――僕は走る、まだ見ぬ未来を追いかけて。
――――――――僕は走る、内臓脂肪を落とすために。
ふと思った。いつか有名になってインタビューとかされるときに、筋肉もなく華奢な身体つきではかっこ悪いと。
体力作りは基本だ。生きる上の基本。踊るにしても歌うにしても、なにをするにも体力がいる。学生時代はバスケ部に所属していたこともあって、体力はそれなりに自信があった。筋肉だって少しはあったし、身体だって柔らかかった。
――今となっては過去の栄光。
ついこの間、ストレッチしようと開脚したら股関節を内出血した。ケガしないようにストレッチしたはずが、ストレッチでケガをした。ここまでくるといよいよ、ストレッチでケガしないように『深呼吸』とか『心の準備』とかから始めないといけない。
極めつけは先日受診した人間ドッグ。人生初の人間ドッグを受けたわけなんだけど、その結果――
LDL、すなわち悪玉コレステロールと、内臓脂肪の値が基準値より高い。
……LDL、すなわち悪玉コレステロールと、内臓脂肪の値が――――
唖然としたよね。え、なにかの間違いなんじゃないの。永遠の25歳とか言っている僕が?LDLと?内臓脂肪の値が?基準値オーバー?
このままだと「あれ、お兄ちゃん。ひょっとしてアグーの血筋?いい肉してるね!」とか、「おお、昔食べたアグーにそっくりじゃよ。もしやその末裔か?」とか、「ぶひっ!ぶひっ!ぶひぅゃいんっ!」とか言われる。そうやって虐められるに違いない。
それはいや。ほんとに嫌だ。なんとしても変わらないと。僕自身が変わるんだ。
「――そうだ、ランニングを始めよう」
善は急げ。思い立ったら即行動。僕はスポーツショップに来ていた。
何をするにしても準備が大事。準備なくして良い結果は得られない。そもそもストレッチで内出血するくらい自慢な僕の柔肌。装備品なしにフィールドを走り出そうものなら、すぐにやられる。膝がやられる。きっと踵もやられる。そう思った僕は、スポーツショップへ直行。猪突猛進。
まずは最重要アイテムのランニングシューズ入手が目的。まだ駆け出しだ、シャツだの短パンは持ち合わせで十分。取り急ぎは足を守る防具。これ絶対。
なんだけどさ、ほんとはねー、事前にちゃんと調べてくれば良かったんだけどねー。ほら、僕って調べたりするの苦手じゃん?このインターネットで誰でもどこでも何でも調べられちゃう時代にさ、なんも調べない無知状態でくるとか、店員からしたらカモがネギを背負ってきたみたいな感じだと思うんだよね。なんならカモネギに見えていたと思うんだよ、僕。ちょっと内臓脂肪が多いカモネギ。
僕も僕で、店員は僕をカモネギだと思って近づいてくると思ってるもんだから、警戒心は怠らない。少しでも近づいてこようものならそそくさと死角に隠れて、やり過ごしたと思ったらシューズを物色して……また店員が近づいてきたら隠れて……
まーやったよね。20分程度。
たださ、途中で気づいたけど、サイズ合わせも含めてシューズ選びは店員がいないとさすがに無理なんじゃねって?たとえ素晴らしいデザインのシューズに出会ったとしても、一度も試着せずに「これ買いまーす!」とか草通り越して頭がお花。カモ通り越してネギ、みたいなそんな感じ。
追いかけっこ With 店員 は強制的に閉幕。コミュ障&カモ&ネギの僕は、断腸の思いで店員さんに声をかける。
そしたらね、案の定いっぱい勧めてくる。これでもかってくらい、次から次へと素晴らしいランニングシューズを。なんならセットで、土踏まずを疲れさせない魔法の靴ベラとかも出てきちゃって。まるでこれからオリンピック選手目指すの?ってくらいスーパーアイテムを紹介してくるの。「いや~実は次のロサンゼルス狙ってるんですよ~」ってやかましいわ。
……まあでも、悪くはない。あ、いやオリンピックの話じゃなくてね。これからランニングを始める上で、装備品をしっかり固めておくことは、正直悪くない。
可愛い店員さんも言っている。「やっぱりランニングするにしてもカッコイイ靴とか履いている人は魅力的ですよねー」と。
そうして試着やらなんやらして、およそ1時間――
5万使った。
今こそ僕は胸を張って言える。恥ずかしげもなく、惜しげもなく、躊躇することもなく。
――そう、僕こそがカモネギなのだと。
以下、戦利品。
クッション性がナイスな粋なランニングシューズ:2万5千円
アキレス腱を疲れさせない魔法の靴ベラ:9千円
冬にはちょっと寒い高通気素材ランニングシャツ:7千円
座ると下着が見えちゃう高可動域ランニング短パン:5千円
謎の紋様が刻まれたおしゃれランニングポーチ:4千円
以上。
そして僕は、風となり暗闇を駆ける――
~ 闇を駆けるカモネギ 完 ~